今回も型破りに、物事のはじまりでお届けしたいと思います。
日本の街路樹のはじまり。
日本の街路樹は、遡ること1200年以上、奈良時代にはじまります。
畿内七道(東海道、東山道、北陸道、山陰道、南海道、西海道、
山陽道)の駅路の両側には、なんと、「果樹」が植えられていたと
いうのです!続く、平安時代にも果樹の植栽は引き継がれます。
平安京の大路に、柑橘類が植栽されていた、という記録も
残されているとのこと。
歩くことしか移動の手段が無かった当時、
道端の果樹の存在は、旅人にとってどんなに有難いもの
だったでしょう。
枝葉は体を休める木陰を与えてくれ、
甘酸っぱい果実は、喉の渇きを潤し、疲れた体を癒してくれます。
時には餓えをしのぐ食料ともなったに違いありません。
気象緩和、大気の浄化、防火、目と心に潤いを与える等々、
今、街路樹には、当時とは違った様々な役割が期待され、
また、この時代の中で、その存在が見直されつつあります。
ただ、大事な視点が欠けているのではないかと私は思うのです。
生身の人間と樹木との直接のつながり。実感。
道が車のためのものになって、街路樹の存在が遠くなった。
今、多くの街路樹が、ただそこに立っているだけのもの、に
なってはいないでしょうか。
エコ村では、街路・公園・各家庭に果実のなる木を植え、
エディブル・ランドスケープ(食べられる風景)を実現しようと
いうことが、一つのコンセプトとして上がってきています。
道の考え方の見直し、コミュニティの見直し、そして、人間と
街路樹のつながりの見直し。
いろいろな変化が総合的に起こって初めて、このコンセプトは実現します。
道端に果樹が植えられていても、むやみにいたずらされることもなく、
みんなが安心して利用できる。そして、みんなが幸せな気分になれる。
そんな社会、コミュニティが構築できたら・・・
それは本当にすてきなことだと思いませんか?