G-project|株式会社地球の芽


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パッケージじゃないほうが好き

あいだがあいてしまいましたが、、

また気まぐれなちょうちょのように飛んできました~。 

今日はすごくいいお天気だったので、お昼休みにサイクリングへ出かけました。

15年前から南大阪に住んでいて、

最寄り駅二つ分ぐらいを周遊したのですが、
まだまだ見たことない場所が近所にたくさんあることが分かっておもしろかったです☆

新興住宅地に林立する新しい家家の横を通りすぎ、
そのあと昭和らしい家並みの横を通りすぎ、
いまどきの(量産されるタイプの)新しい家と、昭和の家との決定的な違いってなんだろうって
考えてしまいました。

個人的な好みは置いておいて。
いまどきの家は、個包装されているみたいだなあと思います。
薄いビニール質の皮膜で。

(※いわゆる新建材でコーティングされた家のことで、すべてがそれではありません。)

 一方で、昭和の家に"包装"は感じないのです。
八百屋さんで野菜や果物がそのまま箱の中で売られている感じ。

ビニールでパッケージされてるほうが賞味期限が長そうだし、傷む心配が少ないけど、

美味しそうな感じが抜けてしまうなあ、、と感じるのは私だけでしょうか?

贈答用のお菓子で、一個一個ビニール包装されてて乾燥剤まで付いてるイメージなのです。

きっと賞味期限重視なんですよね。

そういう需要があるからこそ、その価値のある家が生まれたのでしょう。

ただ。

個人的な好みは置いておくと言いましたが、やっぱり置いておけません。
私は生(なま)の感じがないとだめな派です。
傷みやすくても包装されないままがいい、少数派だと思います。

それから。
生き物みたいに住める家がいいんです、生き物ですけど。
ごそごそと生き物らしく住みたいです。

最初からは無理だけど、住むうちにだんだん神経が通っていくような家がいいです。
とりあえず、今年中にわら半紙のような家を建てて住んでみようと思っています。
そこにだんだんと生活が色付けされていくのが楽しみです。

飽きっぽい私は、住んでからの楽しみも無いとだめなんです。

仮称)わら半紙?の家作り、またここでレポートします!

 

 

 

感覚の軸

先週末、相馬と仙台と気仙沼に行ってきました。

ひねりつぶされた防波堤、
鉄骨をむき出しにして倒れた電柱、
壁や屋根をむしりとられた家、家。
それは巨大な生きものが、喰い散らかしたような有様でした。

ありのままの現実を見て、どんな苦しい感情が起こるか覚悟していましたが、
驚くほど感情が止まっていました。
ブレーカーが落ちたみたいに。
私の身体では受けとめ切れないほどの電撃だったのでしょうか。

同じ頃にやってきた台風は、顔なじみみたいに親しく感じました。
まだ自分にとって近しい自然だからでしょうか?
感覚の軸が、だいぶずれていることを自覚しています。

彼の地で、これからどんな働きをするのか、できるのか、
冷静に、切々と想い巡らせ、またここに書きに来ます。

幕の内弁当

「マンションの間取りって、幕の内弁当みたいだね。」

と言ったのは我が友ですが、これは名言だと思っています。

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日本のマンションの間取りは、
ほんとにお弁当のように上手く仕切ってありますよね。
長方形のお弁当箱の中に、
洋室をメインに和室も6畳ほど組み込んで、
水回りもきゅっきゅっと詰め込んで、
きれいな幕の内弁当に仕上がっているなあと思います。

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和室にはお煮しめや焼き魚やお豆さんのイメージがあります。
やっぱり、洋風おかずばかりじゃなく、
和のおかずも食べたい、というところでしょうか。

どんなに豪奢なタワーマンションでも
その間取りはお弁当に見えてしまいます。
ただし、ちょっと値の張る老舗のお弁当になるのかな。(なだ万とか・・)

べつにマンションの間取りを揶揄しているわけではなく、
ほんとうに、心底お弁当だなあと思ってしまうのです。
四角い箱の中に、いろんな機能がぎゅっとつまってて、いいなあと思うのです。

じゃあ、戸建てはどうなんでしょう?
タイプにもよりますが、
お弁当じゃなく、ごはんやおかずがお皿やお椀に盛られている感じがします。
(郊外の、ゆったりした戸建ての場合ですが。。)
お皿やお椀にもられてるのは、見た目はいいけど手間がかかるし
あとで洗い物もたくさんあります。

機能を重視してコンパクトに暮らすか、
手間を楽しむつもりでゆったりと暮らすか。

せっかくなら両方試してみたいですよね。

地面がまた、近くなった。

ふつうの地面の土で、土団子をつくりました。

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娘がおもむろに地面にしゃがみこんで作り始めたので、
私も真似してやってみました。

娘は、持っていた水筒に水を汲んできて地面にかけ、
なれた手つきで混ぜ合わせます。

「さらっさらぴんの土をかけてしあげるんだよ。」

その地面は公園の近くだったので、
わたしたちが作っているのを見て、他の親子も作り始めました。

なんというか。
足元がぐらぐらしました。
材料としての土じゃなくて、
どこにでもある地面の、
たまたまそこにあっただけの土が
こんな形になれるんですね。

わかってるようでぜんぜんわかっていませんでした。

そんなのあたりまえじゃん、という顔で
地面をいじっていた頃が
私にもあったのかな。

多産な建築

「あなたがこれまででいちばん"やられたな~"と思った建築は何?」

昨晩、夫に唐突に聞かれました。

ちょっと考えて、

「夜に見た、(天理市の)天理教の建物。」

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(※これは昼間ですが、この姿の建物が林立しています。)

ずいぶん前のことですけど、思い出してもぞくぞくします。
その、ものすごいボリューム感、おんなじデザインが繰り返す美、
過剰な感じ、細胞みたいに生きている感じ、
もっともっと増殖していきそうな感じ。

これでもか!というほど連続する同じデザインって
細胞チックで、生命体のように感じてしまいます。
そういう意味でいうと、私の住んでいる中古のマンションもそう↓
集合するもの、過剰に連続するものにぞくっとします。

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それは一方で、かまきりの巣から、
小さいかまきりがたくさん産まれてくる感じにも通じています。
多産なイメージなのです。

そう、多産なイメージの建築物に、生理的に惹かれます。
それは集合する巨大なものに限らず、
たとえ一軒の家にも、そのイメージを孕ませることはできると思う。

その一軒がどんどん増殖し、
集落化するまでをイメージしてデザインすることができれば。

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