今朝、一歩外に出ると、
光がまぶしくて空気が軽くて
小躍りしたくなりました。
今日が私にとって決定的な春の到来です。
さて、そんな私の42回目の春。
建築を考えることと生活をすることがどんどん混じり合い、
ボーダレスになってきているのを実感しています。
家の中にすべてがあります。
こどもといると、家の中が森になります。
住んでいる、というより彼らは生息している。
その生態を目にするたび、ここは森なのかと思う。
彼らは狭いところが大好きです。
隠れられるところも。
カーテンだけで仕切っているクローゼットがあるのですが、
その中にいつのまにか巣をつくっています。
洋服がたくさん掛っているその下のちょっとした隙間に
ブロックやらぬいぐるみやら絵本やら
ありとあらゆるものを持ち込んでレイアウトし、
そこに籠もることを好みます。
そのさまは、昔飼っていたハムスターの巣とそっくりです。
ほんとうに、ちょっと目を離すと巣作りが始まります。
家じゅうどこでも。
自分の力で運べるものは全部使います。
机や椅子はもちろん、台所にあるザルや鍋やらも
いつのまにか採集されています。
枕や布団でも、巣穴をつくります。
その中には収穫物がたくさん集められています。
なんでこんなことするのかな、動機はいったいなんだろう?
・・なんて思っていた時期もありましたが、
今は、自然な営みだなあと思う。
じっさい。
私はかつて、“巣作り”するように建築をつくっていました。
鳥や虫たちのように、身近にある素材を採集してつくる、ということを。
人間も昔、そんな風に家をつくっていたはずなのだから。
竹やら土やら、素材を採集して回るのはほんとうに楽しかった。
たくさんの人たちと、そんな活動を通してめぐり合い、
みんなで巣作りする生理的な快感、躍動感に魅了されました。
そして今。
巣作りは、まったく人間が持って生まれた本能であって、
ごく自然な衝動なんだということを、いやというほど感じる日々です。
独創的でなんのてらいもない巣作りを日課のように見ていると。
そこに動機などない、という点でこどもには完敗です。
つくることは自然な衝動で、こんこんと出てくる湧き水みたいなもの。
娘は、おやつにヤクルトやらカップ入りのヨーグルトを出すと、
きれいに食べて、洗面所につっぱしります。
何か作りたくなったサインです。
工作に使えそうなものは何でも洗いにいきます。
いつもあらいぐまだと思って見てます。
あ、ここは森だったと思う。